松久山 蓮経寺の歴史
蓮経寺縁起
山号を松久山と号し、寺号を蓮経寺と称す。
桃園の土地に定住した一族の首長が亡くなり、其の子、中込宗慶が
父の庵を建て供養していたが、元和二年に其の庵の土地に
寺を創建する為に寄進し、蓮経寺が創建された。
宗慶の父の法号「蓮経信士」から蓮経寺と称し、
顕照院日安上人が開祖となり、連綿と四百余年間継承されて来た。
本堂格天井には、写山楼谷文晁の次男、
谷文二の日本画、百八枚花鳥十二支肉筆天井画がある。
境内地約八百坪、墓域約一千坪。尚、墓地及び境内地西側境界には、
約二百年前に度重なる御勅使川の氾濫を治水する、高さ一米三十、
全長百二十米の石垣が構築され、石積の中心には樹齢五百年と言われる、
高さ二十米、胴回り四米五十の欅の大樹(御神木)が法塔の如く
大空にそびえる。
七面堂
堂宇建立は寛政五年。当山十四世日能上人の代に七面天女尊像が
奉納された。
又、十羅刹女、三十番神が合祀されている。
日朝堂
建立は不詳なれど、天保八年に再建され明治五年に改修された。
日朝尊像は高室重左衛門の母が奉納。堂内には鬼子母神、北辰妙見、
不動明王、加藤清正公などの諸天善神が合祀されている。
境内案内
本堂内部
客殿
七面堂
日朝堂
蓮経寺境内
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須弥山とは
古代インドの宇宙観です。
それを庭石で表現した中庭です。
人間は南閻浮提に
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